超伝導転移温度の高さと電子対の強さをつなぐ法則を発見
~ 回転する電子対による超伝導の核心部分に光明 ~
ポイント
- 1.超伝導転移温度と、超伝導を担う電子対の強さをつなぐ関係式があることを明らかにしました。
- 2.今回発見された関係式は、回転する強い電子対による超伝導機構の核心部分を捉えています。
- 3.本研究成果は、高温超伝導による無損失の電線材料や、さらなる高温超伝導物質の開発を導く強力な指針となることが期待されます。
概要
広島大学大学院理学研究科の井野明洋助教と、大阪府立大学大学院工学研究科の安齋太陽助教、東京大学大学院理学系研究科の内田慎一元教授らを中心とする研究グループは、広島大学放射光科学研究センターの高輝度シンクロトロン放射光を用いて、世界最高水準の高分解能・角度分解光電子分光実験を行い、超伝導転移温度と、超伝導を担う電子対の強さをつなぐ関係式があることを明らかにしました。対になっている電子の結合の強さは、超伝導ギャップとして観測され、通常は超伝導転移温度に比例する重要な物理量です。しかし、銅酸化物系の高温超伝導では、両者をつなぐ法則が未解明なために、見通しのきかない状況でした。今回発見された関係式は、回転する強い電子対による超伝導機構の核心部分を捉えています。この法則は、高温超伝導による無損失の電線材料や、さらなる高温超伝導物質の開発を導く強力な指針となることが期待されます。
本成果は、平成25年5月7日、英国の科学雑誌『Nature Communications』電子版4巻(記事番号:1815)に掲載されました。
(原著論文) "Relation between the nodal and antinodal gap and critical temperature in superconducting Bi2212",
H. Anzai, A. Ino, M. Arita, H. Namatame, M. Taniguchi, M. Ishikado, K. Fujita, S. Ishida and S. Uchida, Nature Communications 4, 1815 (2013).
http://www.nature.com/ncomms/journal/v4/n5/full/ncomms2805.html
本研究は、放射光科学研究センターの共同研究委員会により採択された研究課題の下、実験を行いました。
広島大学お知らせ
[研究成果]超伝導転移温度の高さと電子対の強さをつなぐ法則を発見
背景
超伝導は、低温で電気抵抗が完全にゼロになる現象として注目されています。高温超伝導体を利用すれば、高価な液体ヘリウムが不要になり、安価な液体窒素(-195.8℃)で超伝導を維持できるため、無損失の電力輸送や電力貯蔵への応用が見込まれています。昨今の電力事情から、地域や時間での電力需給の不一致を解消するための切り札として、高温超伝導技術への期待が高まっています。
しかし、銅酸化物超伝導体の発見から四半世紀が経過したものの、高温超伝導発現のしくみは未だに明らかではありません。超伝導を担う電子対の強さは、超伝導ギャップとして観測され、通常は超伝導転移温度に比例する重要な物理量です。しかし、銅酸化物系の高温超伝導では、両者をつなぐ法則が未解明なために、見通しのきかない状況でした。さらに、電子対の角運動量を反映して、波の腹としてギャップが大きく開く方向と、波の節としてギャップの閉じる方向があり、方向によって異なる振る舞いが観測されることが、混乱に拍車をかけていました。この状況を打破するために、超伝導ギャップを、全方位を通じて高い分解能で直接観測する実験が求められていました。
研究手法と成果
研究グループは、広島大学放射光科学研究センターにおいて、高輝度のシンクロトロン放射光※と世界最高レベルの高分解能・角度分解光電子分光装置を組み合わせて、高い超伝導転移温度-182℃ (最適値) をもつビスマス系銅酸化物高温超伝導体(Bi2Sr2CaCu2O8+δ, Bi2212)について、超伝導ギャップの鮮明な全方位画像を得ることに成功しました。正孔添加量を調節して、超伝導転移温度と超伝導ギャップの変化を調べた結果、ギャップの節での傾きが、超伝導転移温度に比例しており、同時に、ギャップの腹の振幅と超流動密度の平方根の積に比例していることを、明らかにしました。そして、ギャップの腹の振幅が電子対の強さ、節での傾きが超伝導状態の安定性に対応しており、2つの値が乖離することが、標準的な超伝導との違いを示す特徴になっていることがわかりました。今回発見された関係式は、回転する強い電子対による超伝導機構の核心部分を捉えています。
波及効果
本研究で得られた法則は、超伝導現象を左右する基本量を、簡潔な形で、定量的に結びつけます。そのため、超伝導現象やボーズ凝縮の基礎研究から、超伝導材料の応用開発におよぶ広い範囲で、今後の活用が見込まれます。本研究成果は、高温超伝導による無損失の電線材料の開発や、さらなる高温超伝導物質の探索の見通しや狙いをつける上で、強力な指針となることが期待されます。
(※注)「シンクロトロン放射光」 光の速度(地球を一秒間に7週半する速さ)までに電子を加速し、磁場でその進行方向を曲げると、同時に進行方向に強力な光が放出される。これがシンクロトロン放射光である。自然界では星雲の中に放射光を見つける事ができるが、地上では専用の加速器が必要である。シンクロトロン放射光は、人類が手に入れた最も強力な光で「夢の光」とも呼ばれる。 戻る
参考資料
1. 超伝導を担う電子対
超伝導は、電気抵抗が完全にゼロになる状態として知られています。この驚くべき状態を担っているのは、秩序をもって運動する電子対の集団です(図1)。電子は、パウリの排他律により、他の電子と同じ動きができません。しかし、何らかの原因で電子が2つづつ対を形成すると、その電子対は、近くの電子対と同じ動きをするようになります。そして、低温下で、電子対の集団が足並みをそろえて運動する秩序状態へと転移します。このとき、集団の流れから外れた勝手な行動は抑制され、電子の運動が障害物によって多少邪魔されても、また集団に合わせて動き出します。こうして、電気抵抗の消失した状態が超伝導相と認識されています。集団の運動状態がひとつにそろうのは、液体ヘリウムの超流動と同じ現象で、ボーズ=アインシュタイン凝縮と呼ばれています。標準的な超伝導転移では、電子対の形成と同時に電子対の凝縮が起きます。
2. 超伝導ギャップと高温超伝導の謎
対になっている電子の片方を引きはがすのに必要なエネルギーは、超伝導ギャップΔと呼ばれます(図2)。超伝導ギャップΔは、電子対の強さを表す重要な物理量で、通常は超伝導転移温度Tcに比例します。しかし、銅酸化物系の高温超伝導では、両者をつなぐ法則が未解明なために、見通しのきかない状況でした。さらに、電子対の角運動量を反映して、波の腹としてギャップが大きく開く方向と、波の節としてギャップの閉じる方向があり、方向によって異なる振る舞いが観測されることが、混乱に拍車をかけていました。この状況を打破するために、超伝導ギャップを、全方位を通じて高い分解能で直接観測する実験が求められていました。
3. 高輝度シンクロトロン放射光
本研究では、電子を引きはがすのに光電効果を利用しました(図2)。光源として、広島大学放射光科学研究センターの電子蓄積リングHiSORから発生する高輝度シンクロトロン放射光を用い、放出された電子を、世界最高レベルの高分解能・角度分解光電子分光装置で分析しました。高い超伝導転移温度-182℃(最適値) をもつビスマス系銅酸化物高温超伝導体(Bi2Sr2CaCu2O8+δ, Bi2212)の中で対になっている電子のエネルギーと運動量を実験的に決定し、超伝導ギャップの鮮明な全方位画像を得ることに成功しました(図3)。
4. 実験結果
正孔添加量が最適値から不足領域になると、超伝導転移温度Tcが低下しますが、このとき、ギャップの腹の振幅Δ*が急激に増大する一方で、ギャップの節での傾きΔNが超伝導転移温度Tcに比例する形で低下することを明らかにしました(図3と図4a,b)。その比例係数は約8.5で標準値4.3より大きく、電子対が非常に強く壊れにくくなっていることが判明しました。さらに、Δ*に対するΔNの減少比が超流動密度ρsの平方根に比例していることを発見しました(図4c-e)。従って、本研究により以下の関係式を得ました。
5. 強い電子対による超伝導
本結果は、強い電子対に基づく理論的な予測に従って理解されます。対になっている電子の結合が強くなると、電子対が小さくまとまるため、周囲と運動をそろえるのが難しくなり、秩序を乱す電子対が発生します(図5)。このとき、電子対の形成と電子対の凝縮を表すエネルギーが分離し、前者がギャップの腹の振幅Δ*として、後者が節での傾きΔNとして観測されます。電子対が強いときは、熱に対して最も弱い超伝導ギャップの節の周辺だけが、超伝導転移温度Tcの高さに関係していると理解されます。
6. 意義と波及効果
今回発見された関係式は、回転する強い電子対による超伝導機構の核心部分を捉えています。また、超伝導現象を左右する基本量を、簡潔な形で、定量的に結びつけているため、超伝導現象やボーズ凝縮の基礎研究から、超伝導材料の応用開発におよぶ広い範囲で、今後の活用が見込まれます。本研究成果は、高温超伝導による無損失の電線材料の開発や、さらなる高温超伝導物質の探索の見通しや狙いをつける上で、強力な指針となることが期待されます。