成果

外界から保護されたスピン流を持つトポロジカル絶縁体の発見
~スピントロニクスデバイスへの応用へ弾み~

ポイント

 

広島大学 放射光科学研究センター(以下「HiSOR」という)の奥田太一准教授を中心とする研究グループは、結晶の内部に保護され、外界からの影響を受けずに流れるスピン流※1を持つ、新しいタイプのトポロジカル絶縁体※2(スピントロニクス材料)を発見しました。本研究では、HiSORの高輝度シンクロトロン放射光※3を用い、測定する電子の深さを制御した世界最高水準の分解能の角度分解光電子分光実験と、新しい原理に基づいた世界最高性能の電子スピン分析器を用いたスピン分解光電子分光※4実験が研究成功の鍵となりました。

この結果は、電子スピンを利用したスピントランジスタへの応用など、トポロジカル絶縁体を用いた今後のスピントロニクスデバイスの実用化に向けて大きな弾みとなることが期待されます。

本研究の成果は、平成25年11月12日(米国時間)、米国の科学雑誌フィジカル・レビュー・レターズ(Physical Review Letters)のオンライン版に掲載されました。

 

URL:http://prl.aps.org/abstract/PRL/v111/i20/e206803
論文名:"Experimental evidence of hidden topological surface states in PbBi4Te7"
著者:T. Okuda, T. Maegawa, M. Ye, K. Shirai, T. Warashina, K. Miyamaoto, K. Kuroda, M. Arita, Z. S. Aliev, I. R. Amiraslanov, M. B. Babanly, E. V. Chulkov, S. V. Eremeev, A. Kimura, H. Namatame, and M. Taniguchi

広島大学お知らせ
[研究成果]外界から保護されたスピン流を持つトポロジカル絶縁体の発見

背景

トポロジカル絶縁体は、固体内部は絶縁体ですが、表面は高い導電性があるという不思議な特性を持つ、近年発見された特殊な絶縁体です。表面を流れる電流は通常の伝導体とは異なり、スピン流(上向きスピンと下向きスピンの割合が偏った電流)が生じるため、スピン流を利用した次世代のエレクトロニクスであるスピントロニクスへの応用が期待されています(参考資料1)。しかし、通常のトポロジカル絶縁体では、スピン流が物質の表面ごく近傍に存在するため、実際にデバイスへ応用する際には、周囲の大気や汚れによる影響を受けやすいという問題がありました(参考資料2)。

今回我々の観測した、鉛を含む新しいトポロジカル絶縁体(PbBi4Te7)は、スピン流を担う電子が最表面より下の、外界からの影響を受けにくい部分に存在する事が理論的に予想されており、実際のスピントロニクス応用への有力な候補物質の一つでした。

研究手法と成果

研究グループは、HiSORの高輝度放射光源を用い、電子を励起する光のエネルギーを変化させる事により、観測する電子の深さを変化させながらスピン・角度分解光電子分光実験を行いました(参考資料3)。その結果、この物質のスピン流を担う電子が最表面ではなく確かに表面より下に隠されており、この物質が外界からの影響を受けずにスピン流を流す事のできる新しいタイプのトポロジカル絶縁体である事を明らかにしました(参考資料4)。

期待される波及効果

これまで発見されているトポロジカル絶縁体は、スピン流が表面に存在するため応用面で問題がありました。今回発見された物質は、スピン流が固体の内部に保護されているため外部からの影響をうけにくく、また内部に保護されていてもスピンが偏ったスピン流を持った物質で有ることがわかりました。このことは本研究物質が、スピントロニクス材料として理想的な性質を持つことを示しています。本研究成果は、スピンを利用した次世代スピントロニクスデバイスの開発に、さらなる広がりと新たな展開を与えるものと期待されます。

参考資料

1.トポロジカル絶縁体の性質

通常の絶縁体では固体内部に電流を流す事のできないエネルギーギャップが有るため電流は流れません。しかしトポロジカル絶縁体では固体の表面にスピンの偏った電流 (スピン流)が流れると言う特殊な性質が有ります(左図)。スピントランジスタなど、 このスピン流を使ったスピントロニクスデバイスへの応用が期待されています(右図)。

2.外界からの影響を受けるスピン流

これまで見つかっているトポロジカル絶縁体では、スピン流は、固体の最も外側の表面を流れるため、大気などによる表面の汚れの影響を受け、その性質が変化してしまうと言う問題が有りました。今回測定を行ったPbBi4Te7という物質では、スピン流を担う電子が表面の下に存在する事が理論的に予想され、外界からの影響を受けないスピ ン流が存在する事が期待されていました。

3.スピン・角度分解光電子分光と深さ分解測定

固体内部の電子は光で励起する事により真空中に取り出すことができます。(光電効果)真空中に飛び出して来た電子(光電子と呼ぶ)のエネルギーと飛び出す角度を光電子分析器で観測する事により固体内部の電子の束縛エネルギーと運動量が分かります。さらに、スピン検出器を用いるとその電子のスピンが上向きなのか下向きなのかも知ることができます。このような実験手法をスピン・角度分解光電子分光法とよび、固体内部の電子の性質を完全に知る事が出来る実験手法です(左図)。

一方、電子はそのエネルギーにより固体内部を移動できる距離が異なります(右図)。 従って励起する光のエネルギーを変化させると、固体の奥深くの電子を観測したり、ごく表面の電子だけを観測したりすることができます。この性質を利用する事により測定する深さを制御した光電子分光測定を行うことができます。

4測定結果

光のエネルギーを22eVにした表面に敏感な条件(左)と光のエネルギーを8.4eVにした固体内部に敏感な条件(中)で観測した角度分解光電子分光測定の結果です。破線で示した直線の状態がスピン流を担う電子の状態です。表面に敏感な条件では水色の破線で示したスピン流を担う電子の状態が一つだけ観測されますが、固体内部に敏感な条件ではそれに加え白い破線で示したもう一つのスピン流を担う電子の状態が観測されているのが分かります。この結果は、表面に敏感な条件では見えない固体内部を流れ るスピン流がこの物質には存在し、固体内部に敏感な条件でのみ初めて観測できる事を示しています。

これらのスピン流を担うと思われる電子の状態が本当にスピンが偏った状態かどうかを確認する為にスピン・角度分解光電子分光を行った結果が右端の図で、右に運動する電子(運動量が正)と左に運動する電子(運動量が負)の状態ではスピンの向きが下向き(青)と上向き(赤)にきれいに分離されていることがわかります。

用語解説

※1 スピン流
電子の自転に由来した磁石の性質のことをスピンと呼びます。自転の方向に対応して、電子には上向きスピンと下向きスピンの2種類の状態があります。通常の物質中を流れる電流では上向きス ピンと下向きスピンの数は同数であり、全体としてはスピンの性質は表れてきません。しかし特殊な状況では、上向きスピンの数と下向きスピンの数がアンバランスとなり、どちらか一方の影響が 大きく表れる場合が有ります。このような上向きと下向きのスピンの数が偏った電子の流れをスピン流と呼びます。 戻る
※2 トポロジカル絶縁体
近年理論的に予測され、実験的にただちに検証が行われた新しい絶縁体で、固体内部は絶縁体の性質を示しますが、表面には高速に動く事のできる伝導電子が存在する物質です。トポロジカル絶縁体ではその電気伝導を担う電子のスピンが理論的には完全に偏っており、右向きに動く電子と左向きに動く電子ではスピンの向きが正反対になっています。従ってトポロジカル絶縁体はスピン流を流す為に非常に有効である事が予想され、電荷だけでなくスピンの情報も利用した新しいエレクトロニクスとして注目されるスピントロニクスのデバイスに応用されることが期待されています。 戻る
※3 シンクロトロン放射光
電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向(電子軌道)が曲げられた時に電子軌道の接線方向に放射される強い光のことです。HiSORでは、真空紫外から軟X線の領域の波長の光を利用して、世界最高水準の精密な角度分解光電子分光実験を行うことができます。 戻る
※4 スピン・角度分解光電子分光
結晶の表面に紫外線を照射して、光電効果により結晶外に放出される電子(光電子と呼ばれます)のエネルギーと運動量を同時に測定する実験手法を角度分解光電子分光と呼びます。さらに、電子の持つスピン自由度も観測する実験手法をスピン・角度分解光電子分光と呼びます。この方法により、固体中の電子のエネルギーと運動量の関係(これをバンド分散といいます)を、電子のスピンの状態を分けて観測することができます。精密に観測された微視的なバンド分散から、磁性体の性質をはじめ電子のスピンの性質により表れる様々な物質の性質を明らかにすることができます。 戻る

世界最高分解能のスピン・角度分解光電子分光装置の開発に成功
〜超高効率スピン検出器により磁石の起源となる電子のスピンを従来の10倍の精度で観測〜