放射線DNA損傷修復に関わるヒストンタンパク質の構造変化の観測
―DNA損傷修復機構の解明に期待―
ポイント
- ●放射線によりDNA損傷を受けた細胞が染色体*1タンパク質の構造を変化させることを発見
- ●DNA損傷修復機構を解明する重要な手がかりになると期待
本文
DNAは、遺伝情報が書き込まれた重要な生体物質です。そのため、紫外線や放射線などによるDNAの損傷は、細胞死や突然変異*2を引き起こし、がんの発症など重篤な疾患の原因になります。これを防ぐために、私たちの細胞には傷ついたDNAを直ちに修復する機能があります。DNA損傷が生じると、DNAに巻き付いているヒストン*3というタンパク質と様々なDNA修復関連タンパク質が反応を繰り返しながらDNA損傷修復過程が進行していくと知られています。しかし、修復過程におけるヒストンの役割のすべてが解明されているわけではありません。
広島大学放射光科学研究センターでは、物性研究の手法を生命科学研究に応用するため放射光*4円二色性*5装置を開発し、生体物質立体構造研究に取り組んでいます。今回我々は、この放射光円二色性装置を用いて、DNA損傷を与えた細胞から抽出したヒストンが、DNA非損傷細胞から抽出したヒストンとは異なる構造を形成することを明らかにしました。すなわち、細胞にはDNA損傷に伴ってヒストンを構造変化させる反応機構があることを発見しました。この構造変化したヒストンは、DNA修復関連タンパク質が損傷個所と非損傷個所を見分けるための目印となる可能性が高いと考えられ、DNA損傷修復機構を解明する重要な手がかりになると期待されます。
本研究成果は、2017年1月23日(月)の日本放射線影響学会誌「Journal of Radiation Research」に掲載されました。
- 雑誌名:「Journal of Radiation Research」
- 論文タイトル:DNA damage response induces structural alterations in histone H3–H4
- (和訳:DNA損傷応答はヒストンH3-H4の構造変化を誘発する)
- 著者:Y. Izumi, K. Fujii, S. Yamamoto, K. Matsuo, H. Namatame, M. Taniguchi, and A. Yokoya
- URL:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5321191/
図画
用語解説
- *1 染色体
- DNAと多数のヒストンタンパク質などで構成される複合体。 戻る
- *2 突然変異
- DNAの塩基配列に欠損などの変化が生じること(遺伝子突然変異)。遺伝子突然変異が放置されると、体内で必要な分子が合成されなくなるなどの問題が生じます。 戻る
- *3 ヒストン
- DNAを巻き付けて染色体を構成するタンパク質。細胞核の中にDNAを収納する役割をしています。その配列などから、H2A、H2B、H3、H4などに分類されます。最近の研究で、様々な分子が付加されること(化学修飾)で、DNAの修復などに関わっていることが明らかになっています。 戻る
- *4 放射光
- 光速で直進する電子の進行方向が磁石などによって変えられた際に発生する電磁波。真空紫外領域からX線にわたる強力な光源であり、固体物理や生体物質構造研究をはじめ、物理・生物・化学・電子工業分野で広く利用されている。 戻る
- *5 円二色性
- 電場ベクトルがらせんを描きながら進む光を円偏光と言い、らせんの回転方向により左円偏光と右円偏光に分けられます。円偏光が物質を通過するとき、左右の円偏光の吸収の度合いに差が生じる現象を円二色性と言います。様々な波長の円二色性の大きさを測定したものを円二色性スペクトルと呼び、タンパク質の円二色性スペクトルの形状は、その立体構造を反映します。したがって、複数のタンパク質の円二色性スペクトルを測定し比較することで、それらの構造に差異があるかどうかを知ることができます。 戻る