成果

局所的な電子の運動を計測する新しい手法の開発に成功
~次世代の物性計測・分析手法として期待~

本研究成果のポイント

概要

広島大学大学院理学研究科の岩澤英明特任准教授、大学院生の田北仁志氏(博士後期在学)、広島大学放射光科学研究センターのアイケ・シュヴィア助教、島田賢也教授、産業総合技術研究所電子光技術研究部門の相浦義弘研究グループ長を中心とする研究グループは、本研究グループが、近年、世界に先駆けて開発した、世界最高峰のエネルギー分解能と空間分解能を両立した角度分解光電子顕微分光※3装置を用いて、局所的な電子の運動を計測する新しい2つの測定手法(高速/精密モード)の開発に成功しました。高速モードでは、従来の測定時間を50%削減した高速測定が可能となりました。精密モードでは、試料の回転を伴う測定においても、試料の偏芯を予測し、試料上の目的位置を高精度(10ミクロン以下)に追跡した測定が可能となりました。

今回の研究成果は、角度分解光電子顕微分光の実験効率・精度を大きく向上させることから、局所計測・分析技術の発展に大きく貢献します。また、局所領域の光電子顕微測定を活用した機能性材料のオペランド計測などの応用研究への展開も期待できます。さらに、角度分解光電子顕微分光に限らず、様々な光電子分光装置への適用も可能であることから、広く光電子分光に関わる計測・分析技術の発展に大きく貢献します。

本研究成果は、英国Nature Publishing Group のオンライン科学雑誌「Scientific Reports」に平成30年11月27日午前10時(日本時間:11月27日午後7時)に掲載されました。

題目: Accurate and efficient data acquisition methods for high-resolution angle-resolved photoemission microscopy
著者: Hideaki Iwasawa, Hitoshi Takita, Kazuki Goto, Wumiti Mansuer, Takeo Miyashita, Eike F. Schwier, Akihiro Ino, Kenya Shimada, and Yoshihiro Aiura 
掲載誌: Nature Publishing Group
DOI: 10.1038/s41598-018-34894-7
URL: https://www.nature.com/articles/s41598-018-34894-7

広島大学お知らせ
【研究成果】局所的な電子の運動を計測する新しい手法の開発に成功 ~次世代の物性計測・分析手法として期待~

背景

固体物質は、電気的性質ひとつ取ってみても、電気をよく流す金属、電気を流しにくい絶縁体、低温では絶縁体で高温では金属状態となる半導体、さらには低温で電気抵抗がゼロになる超伝導体まで、様々な状態を示します。これらの性質が起こる仕組みを理解し、物質の性質を制御しようというのが物質科学の1つの大きな目標です。では、どのようにすれば、その性質を調べることが出来るでしょうか。その問いに答えてくれるのが「電子」です。電子が動くことで電気が流れるように、電子がどのように運動するかを調べることで、物質の性質を明らかにすることが出来ます。そして、その電子の運動を直接調べることが出来るのが「角度分解光電子分光※2」です。この手法は、固体に光を入射して、光電効果により固体外に放出される電子の「エネルギー」と「角度」を計測することで、固体中の電子の運動を直接的に調べることができます。本手法は、今日の物質科学の発展を大きく支えていると言っても過言ではなく、本手法に関わる先端的な装置・技術の開発は、世界的にも広く進められています。

その中で、先端計測の1つとして注目されている手法が「角度分解光電子顕微分光」です。従来の角度分解光電子分光では(図1左)、試料が実空間で不均一性を有していたとしても、入射光のビームサイズが大きいために異なる情報が混ざってしまい、個々の電子の運動の様子を詳細に調べることが困難でした。しかし、角度分解光電子顕微分光では(図1右)、入射光を微小に集光し、試料表面を選別して観測することで、試料表面の不均一性なども反映して、より本質的な電子の運動を調べることが出来ます。

本研究グループでは、近年、角度分解光電子顕微分光装置の開発を行い、世界最高峰のエネルギー・角度・空間精度の達成に成功しました(*参考資料を参照)。この装置を利用すると、数ミクロン(10-3ミリメートル)のレベルで、試料表面の位置を選択しながら、電子の運動を高精度に調べることが出来ます。

しかし、高い空間精度を達成したことで、実験効率と実験精度の面で新たな課題が浮き彫りとなり、角度分解光電子顕微分光を効率的に運用するためには、それらの課題を克服する必要がありました。

図1.角度分解光電子分光と角度分解光電子顕微分光の概念図

研究成果の内容

角度分解光電子顕微分光では、空間精度という自由度が増えたゆえに、実験効率と実験精度のどちらにおいても新たな課題が生じることが分かってきました(図1右)。

1つ目の課題:実験効率

試料上の位置を選別出来るようになったことは、同時に、試料表面のどの位置を測定するのか、ということを事前に決定する必要があることを意味します。そこで、顕微測定では、試料表面全体(または一部)を細かく分割し、それぞれの強度測定を良く行います。これを空間マッピングと呼びます。これにより、どの位置が本測定に適しているのかを決定することが出来ます。しかし、ここで問題となるのは、空間マッピングでは、「測定点数」つまり「測定時間」が飛躍的に増加してしまいます。そこで本研究では、この空間マッピングの方法の見直しを行いました。

従来、角度分解光電子分光におけるマッピングでは、1点1点を段階的に測定する方法(段階型マッピング)が用いられてきました。しかし、「測定」や「測定点の変化」といったアクションが発生・終了し、次のアクションを発生させる間には「待機時間」が生じてしまいます。つまり、段階型マッピングでは、測定点の数が多いほど、この待機時間が必然的に増えてしまい、測定点数の多い顕微測定には不向きであることがわかります。

そこで本研究では、顕微鏡などの分野で良く用いられている「走査型マッピング」を導入しました。この手法では「測定」と「測定点の変化」を同時に行うため、待機時間が1点1点生じず、測定点の多い顕微測定でも高速に測定することが可能です。動作確認として、それぞれの方法で空間マッピングを行い、所要時間を計測しました。その結果、本質的にほぼ等しい強度分布データが得られたの対して、段階型マッピングが126分ほど、走査型マッピングは60分ほどの所要時間となり、走査型マッピングでは約2倍の高速測定の実現に成功しました。

図2.空間マッピングの概念図と光電子強度の空間分布:(左)段階型、(右)走査型

2つ目の課題:実験精度

角度分解光電子分光の測定では、電子の角度分布を調べるために、多くの場合、試料を回転させる必要があります。試料を回転さると、偏芯といい、試料位置の変位が生じます(図3:模式図)。この位置の変位は、顕微測定では無視することが出来ないため、この試料位置の変位を数学的に取り扱うことにしました(具体的には、4行4列の行列式(=3次元の回転行列と平行移動行列の組み合わせ)で表すことが出来ます)。これにより、回転中心から、回転した際の位置の行き先を予測することがわかりました。

本研究では、蛍光塗料にレーザーを照射し、回転に伴うレーザースポットの位置変位を、高倍率マイクロスコープの画像イメージ上で追跡(位置補正)することで、回転中心を高精度(10ミクロン以下)に決定しました。そして、実際に角度マッピングを行い、偏芯と補正のテストを行いました(図3:角度マッピングの比較)。補正を行わなかった従来型の角度マッピングでは、試料の角度(チルト)が正となる角度で、他のドメインによる強度が大きく混ざってきてしまっているのがわかります(図3右:A)。それとは対照的に、回転による偏芯を予測・補正した追跡型の角度マッピングを用いると、他のドメインが隣接している状況においても、他のドメインの強度を含まない本質的な結果が得られました(図3右:B)。

図3.角度分解光電子分光実験における偏芯とその補正

以上のとおり、本研究により、高速測定・精密測定の2つの測定手法を開発することで、角度分解光電子顕微分光を効率的かつ精密に活用することが可能となりました。

今後の展開

本研究により開発された新しい2つの測定手法は、角度分解光電子顕微分光の実験効率・精度を大きく向上させることから、局所計測・分析技術の発展に大きく貢献します。また、局所領域の光電子顕微測定を活用した機能性材料のオペランド計測などの応用研究への展開も期待できます。さらに、角度分解光電子顕微分光に限らず、様々な光電子分光装置への適用も可能であることから、広く光電子分光に関わる計測・分析技術の発展に大きく貢献します。

用語説明

※1.オペランド計測:
オペランド(Operando)とは、ラテン語で“operation”を意味し、電子デバイスなどの動作下での測定・実験を広く指します。角度分解光電子顕微分光のオペランド計測では、動作下・外場下のデバイス試料中の電子の運動を局所計測・分析することで、デバイス上のどこで、どのように機能・反応・劣化が生じるのかを明らかにすることが出来ます。 戻る
※2.角度分解光電子分光:
固体に光を入射して、光電効果により固体外に放出される電子の「エネルギー」と「角度」を計測することで、固体中で電子の運動を調べる実験手法(図1の模式図を参照)。 戻る
※3.角度分解光電子顕微分光:
角度分解光電子分光法と同じ原理の手法ですが、微小集光した入射光を利用することで、試料表面の局所領域を選択的に調べることが出来ます(図1の模式図を参照)。 戻る

参考資料

近年、広島大学放射光科学研究センターでは、世界最高峰のエネルギー分解能と空間分解能を兼備した角度分解光電子顕微分光装置の開発に成功しました。