3次元トポロジカル絶縁体の表面電子の散乱過程を初めて解明
~トポロジカル表面電子を活用した省エネルギーな電子デバイスの開発に期待~
本研究成果のポイント
- ○3次元トポロジカル絶縁体Bi2Te3のトポロジカル表面電子の温度変化を精密測定
- ○発熱の原因となる原子の熱振動による散乱強度を数値化し、その決定要因を初めて解明
- ○トポロジカル表面電子を活用した省エネルギー電子デバイスへの展開に期待
概要
広島大学大学院理学研究科大学院生のAmit Kumar(博士課程後期3年・現広島大学放射光科学研究センター研究員)、広島大学大学院先進理工系科学研究科大学院生の宮井雄大(博士課程後期1年)、広島大学放射光科学研究センター助教のShiv Kumar、同教授の島田賢也の研究グループは、微小に集光した紫外線レーザーを用いた高分解能角度分解光電子分光(ARPES)実験を行い、典型的な3次元トポロジカル絶縁体として知られる Bi2Te3のトポロジカル表面電子が、原子の熱振動によりどの程度散乱されるのかを数値化し、それが散乱過程の数で決まることを初めて解明しました。
3次元トポロジカル絶縁体は物質の内部は電気が流れない絶縁体ですが、その表面には電気を流すことができるトポロジカル表面電子が存在します。この表面電子は結晶構造や組成の乱れによる影響を受けにくく、また物質の磁気的な性質の源となる電子のスピンを高速に伝えることができます。電流を担う電子が原子の熱振動により散乱されるとジュール熱が発生し、エネルギーが失われます。本研究によりトポロジカル表面電子は、電線によく用いられる銅の中の電子に比べても散乱を受けにくいことがわかりました。今後、トポロジカル表面電子を活用した省エネルギーで高速に動作する新しい電子デバイスへの展開が期待できます。
本研究成果は米国物理学会が発行する「Physical Review B」のLetterセクションにおいて2022年9月12日付でオンライン掲載されました。本研究は科学研究費事業(課題番号:22K03495)による支援を受け、広島大学放射光科学研究センター共同研究委員会により採択された研究課題(課題番号:19BG053、20AU019)のもとで実施されました。
掲載誌:PHYSICAL REVIEW B Letter
論文タイトル:Temperature-dependent band modification and energy dependence of the electron-phonon interaction in the topological surface state on Bi2Te3
著者:Amit Kumar*, Shiv Kumar*, Yudai Miyai, Kenya Shimada* *責任著者
掲載日:2022年9月12日(オンライン公開)
DOI:10.1103/PhysRevB.106.L121104
URL:https://journals.aps.org/prb/abstract/10.1103/PhysRevB.106.L121104
広島大学お知らせ
【研究成果】3次元トポロジカル絶縁体の表面電子の散乱過程を初めて解明 ~トポロジカル表面電子を活用した省エネルギーな電子デバイスの開発に期待~
研究の背景
物質の電気的、磁気的性質は物質内部の電子のふるまいにより支配されています。電子はマイナスの電気を帯びていて、電流は電子の流れです。電池をつなげると電子が動ける物質が金属、動けない物質が絶縁体です。また磁石にN極とS極があることに対応して、電子には下向きと上向きのスピンがあります。電子のスピンの向きが完全に揃っている物質が強磁性体であり、磁石となります。それ以外の物質は磁石にくっつかない非磁性体です。
2005年、非磁性絶縁体の中に従来知られていなかった新しい種類のものがあることが理論的に発見され、トポロジカル絶縁体と呼ばれるようになりました。3次元的な広がりをもつトポロジカル絶縁体は、内部は非磁性絶縁体ですが、その表面に金属的にふるまうトポロジカル表面電子が存在します。トポロジカル表面電子の特徴は、運動する方向に直交するように電子のスピンの向きが定まることです。このため物質内部は非磁性絶縁体であるにも関わらず、トポロジカル表面電子により、電気的な流れとリンクした磁気的な流れを作り出すことができ、さらにその流れは結晶構造や組成の乱れの影響を受けにくい、ということが理論的に提唱されています。
物質に電気が流れる時、電気抵抗によりジュール熱が発生してエネルギーが失われます。電気抵抗の源は、格子を組んで配列した原子の熱振動によって電子が散乱され、電子の運動状態が変化することにあります(図1参照)。この過程で電子が受ける相互作用を電子–格子相互作用と呼び、その強さを数値化したのが結合定数です。結合定数が大きければ原子の熱振動による散乱を受けやすく、小さければ受けにくい、ということになります。
これまでに典型的な3次元トポロジカル絶縁体として知られるBi2Te3について、トポロジカル表面電子の結合定数を決める実験や理論計算が行われてきましたが、桁違いに異なる結果がでており、また結合定数がどのように決まっているのかもよく分かっていませんでした。
研究成果の内容
本研究では Bi2Te3のトポロジカル表面電子の電子–格子相互作用の結合定数を決めるため、微小領域に集光した紫外線レーザーを用いた高分解能角度分解光電子分光(ARPES)実験を行いました。この実験装置は空間分解能を高めた放射光実験を行うために 広島大学放射光科学研究センターで独自に開発した装置です。この装置を用いると100分の1ミリメートル程度の微小領域の電子の性質を世界最高水準のエネルギー・運動量分解能で測定することができます。
原子の熱振動は温度を上げると大きくなるので、本研究では低温(マイナス256°C)から室温(27°C)まで温度を変えながら、精度の高いARPES 実験を行いました。電子のエネルギーと運動量の関係を調べると、温度が上がるにしたがってトポロジカル表面電子のエネルギーが上昇し、電気を通さない内部でバンドギャップが減少することがわかりました。バンドギャップの大きさは絶縁体の電子を動かすために必要なエネルギーを与えます。バンドギャップの減少は、トポロジカル表面電子の散乱強度の温度依存性と関係しており、電子–格子相互作用が主要な役割を果たしていることが明らかになりました。
次にトポロジカル表面電子の電子–格子相互作用の結合定数を調べたところ、エネルギーに依存してその大きさが変化し、0.02〜0.13の値をとることがわかりました(図2)。この値は、電線に用いられる銅の結合定数0.2や調理でよく使われるアルミニウムの結合定数0.4よりも小さい値であり、原子の熱振動の影響を受けにくい、ということがわかりました。さらに結合定数のエネルギー依存性を詳しくみると、それが実験で得られたトポロジカル表面電子の散乱強度のエネルギー依存性(図2の破線)とよく対応していることがわかりました。電子の散乱強度は散乱される過程の数と比例することから、結合定数は散乱過程の数に依存していることが初めて明らかになりました。実験結果を理論研究の結果と比較すると、結合定数の大きさやそのエネルギー依存性が定量的にもよく対応しており、本研究結果を裏付けるものとなっています。
今後の展開
トポロジカル絶縁体は電場により磁気的性質が変化するスピンホール効果や反粒子と粒子が同一であるマヨラナ粒子の出現の舞台となることから、新たな物理現象を求めて世界中で精力的に研究が行われています。電子–格子相互作用の結合定数の小さなトポロジカル表面電子を活用すると発熱によるエネルギー損失を抑えることができ、省エネルギーで高速に動作する新しい電子デバイスへの展開が期待できます。また超伝導を示すトポロジカル絶縁体ではマヨラナ粒子的にふるまう電子状態が生じると提唱されており、その状態は量子コンピューターにも利用できると期待されています。