高温超伝導が生じる舞台となる「奇妙な金属状態」に光をあてる
~高温超伝導の起源の解明や量子技術への応用に期待~
本研究成果のポイント
- ・放射光と紫外線レーザーを用いた精密解析により、銅酸化物高温超伝導の舞台となる「奇妙な金属状態」の特徴を初めて可視化。
- ・これまでの理論では説明がつかない電子に働く力の温度依存性が明らかに。
- ・高温超伝導の起源の解明や量子コンピュータなどの量子技術への応用に期待。
概要
広島大学大学院先進理工系科学研究科博士課程後期3年の宮井雄大、広島大学放射光科学研究所准教授の出田真一郎、同教授の島田賢也、広島大学技術センター技術専門職員の有田将司、室蘭工業大学大学院工学研究科准教授の黒澤徹、北海道大学名誉教授の小田研、自然科学研究機構分子科学研究所/総合研究大学院大学准教授の田中清尚の研究チームは、銅酸化物高温超伝導(*1)が生じる舞台となる「奇妙な金属状態(ストレンジメタル)」の特徴を初めて可視化しました。研究グループは、新たな解析手法を開発して、放射光や紫外線レーザーを用いた高分解能角度分解光電子分光(*2)を行い、奇妙な金属状態の性質を反映する「自己エネルギー」(*3)の全貌を初めて可視化しました。本研究により、超伝導転移温度に近づくと、電子に働く力が強くなることが明らかとなりました。しかしこの振る舞いは、原子の振動をもとに超伝導を考える従来の理論では説明できず、高温超伝導を発現させる未知のメカニズムがあることを示しています。奇妙な金属状態が示す様々な性質は、ミクロな粒子の集団に特有な量子現象であり、量子コンピュータなどの量子技術でも活用される性質です。本研究成果は高温超伝導の起源の解明に貢献するとともに、超伝導技術を用いた電力輸送、医療機器への応用研究、超伝導量子ビットを用いた量子コンピュータへの応用研究への展開が期待できます。
本研究成果は米国物理学会が発行する「Physical Review Research」のレターセクションにおいて2025年2月24日付(アメリカ東部時間)でオンライン掲載されました。本研究は科学研究費事業(課題番号:22K03495、22K03504(基盤研究C))による支援を受け、広島大学放射光科学研究所共同研究委員会により採択された研究課題(課題番号:22AG005、22BG004)、および、分子科学研究所UVSOR-IIIにより採択された研究課題(課題番号:22IMS6850)のもとで実施されました。また本研究の公表にあたり広島大学のAPC助成を受けました。
雑誌︓Physical Review Research(Q1)
題名︓Dual origin in the temperature dependence of the coupling parameter for the strange metal state in heavily overdoped cuprate superconductor
著者︓Yudai Miyai*, Shin-ichiro Ideta, Masashi Arita, Kiyohisa Tanaka, Migaku Oda, Tohru Kurosawa*, and Kenya Shimada* (*責任著者)
DOI︓10.1103/PhysRevResearch.7.L012039
広島大学お知らせ
【研究成果】高温超伝導が生じる舞台となる「奇妙な金属状態」に光をあてる ~高温超伝導の起源の解明や量子技術への応用に期待~
背景
超伝導は、物質を冷やしていくとある温度で電気抵抗(電気の流れにくさ)が突然ゼロになる現象であり、カーボンニュートラルや高度情報化社会の実現の観点から注目を集めています。例えば、電気抵抗があると電気が流れるときの発熱によりエネルギーが失われます。電力会社の集計によると電気を家庭に送る際、電線の発熱により約5%のエネルギーが失われています。もし電気抵抗がゼロの超伝導線を使うことができれば、発熱によるエネルギーの損失をゼロにし、大幅な省エネルギーにつながります。また超伝導線を使った強い電磁石は、医療診断で用いられるMRI(磁気共鳴断層撮影)装置やリニアモーターカーなどで広く使われています。最近では、量子コンピュータの中でも超伝導量子ビットが使われていて、原子レベルのミクロな世界で生じる量子現象を活用した量子技術は社会を大きく変える技術として注目を集め、世界的に研究開発が進められています。
超伝導を応用の観点から見た課題の一つは、超伝導になる温度がとても低いことです。現在広く用いられている超伝導材料では、超伝導にするために絶対零度に近い-269℃まで冷却する必要があります。より高い温度で超伝導になれば、超伝導技術の応用が飛躍的に広がります。1986年に銅酸化物高温超伝導体が発見され、従来知られていた超伝導物質よりもはるかに高い液体窒素温度(約-196℃)以上で超伝導になることで大いに注目を集めました。しかし、発見から40年近くたつ現在も高温超伝導がどのような物理的メカニズムによって発現するのかは、完全には解明されていません。
銅酸化物高温超伝導体は、電子がお互いに強く力を及ぼしあう「強相関電子系」(*4)の代表例です。銅酸化物は、電子同士が強く反発することにより電気を流さない「モット絶縁体」(*5)となっていますが、電子を引き抜いて電子の抜けた穴(ホール)の数を増やすことにより、超伝導が発現します。これをホールドーピングと言います。図1は、銅酸化物の性質がホール濃度(単位体積あたりのホールの数)を変えたときにどのように変化するのかを示した物性相図です。ホール濃度を上げていくと、モット絶縁体から超伝導体へと変化し、超伝導になる温度(超伝導転移温度)はホール濃度とともに上がっていきます。しかし、さらにホール濃度を上げていくとあるところで超伝導転移温度が下がりはじめ、最終的には超伝導が消失して金属となります。超伝導転移温度が最も高くなるホール濃度領域を「最適ドープ領域」と呼び、ホール濃度とともに超伝導転移温度が上昇する領域を「不足ドープ領域」、ホール濃度とともに超伝導転移温度が下がる領域を「過剰ドープ領域」と呼びます。不足ドープ領域や最適ドープ領域では、モット絶縁体から超伝導体に劇的に性質が変化する「擬(ぎ)ギャップ相」が注目を集め、電気を流さない物質がどのように超伝導になるのかの理解に多くの研究がなされてきました。一方、過剰ドープ領域では電子に働く力が弱まり、通常の金属として振る舞うと考えられていました。しかし、近年、過剰ドープ領域においても、通常の金属の性質から逸脱した「奇妙な金属状態(ストレンジメタル)」の存在が報告され、大きな注目を集めています。奇妙な金属状態は、高温超伝導が現れる舞台となり、超伝導に寄与する電子(クーパー対)の密度(超流動密度)が超伝導転移温度とともに減少することや電子スピンが平行にそろう傾向(強磁性ゆらぎ)を示すなど、通常の金属では見られない奇妙な性質が多数報告されています。これらの現象は、マイナスの電気を帯びた電子が互いに避け合う効果、電子が原子の振動や磁気的な振動により散乱される効果などが複雑に絡み合う「多体相互作用」(*6)が原因となります。多体相互作用を直接反映するのが自己エネルギーという物理量ですが、これまで自己エネルギーは部分的にしか明らかにされておらず、その全貌を可視化するための新しいアプローチが求められていました。
図1
本研究では、新たな解析手法を開発し、放射光や紫外線レーザーを用いた高分解能角度分解光電子分光法により銅酸化物高温超伝導体の奇妙な電子状態を反映する自己エネルギーの全貌を初めて可視化することに成功しました。これにより、高温超伝導の発現メカニズムの解明につながる、新たな知見をもたらすことができました。
研究成果の内容
研究グループは放射光や紫外線レーザーを用いた高分解能角度分解光電子分光実験により、過剰ドープ領域にある銅酸化物高温超伝導体(ビスマス系銅酸化物Bi2Sr2CuO6+δ)の電子構造を精密に計測することで、奇妙な金属状態を反映した自己エネルギーの全貌を初めて可視化しました(図2)。自己エネルギーは実部と虚部からなり、実部は力を受けた電子の「エネルギー変化の大きさ」を表し、虚部は電子の「エネルギー変化の頻度」を表します。これまでの研究では自己エネルギーの低エネルギー構造については実験で詳細に調べられてきましたが、従来の解析手法では、自己エネルギーの高エネルギー構造を含めた包括的な解析ができませんでした。研究グループは、実験データを解析する新たな手法を開発することにより、低エネルギー構造と高エネルギー構造の両方を含む自己エネルギーの全貌を初めて可視化することに成功しました。自己エネルギーの高エネルギー構造をさまざまな理論モデルと比較すると、局所的な多体相互作用に由来していることが明らかになり、それは奇妙な金属状態を反映するものであることが明らかとなりました。すなわち、高エネルギー構造は、高温超伝導が発現する舞台について重要な情報を含んでいることがわかりました。
図2
図2の実線は自己エネルギーの高エネルギー構造と低エネルギー構造を理論計算で再現したものです。自己エネルギーの低エネルギー構造については、電子が原子の振動から力を受けて生じる構造と広く考えられているため、ここではその理論モデルを用いました。一見、実験と理論はよく対応しているように見えます。しかし自己エネルギーの温度依存性を詳しく調べると、原子の振動を用いた理論では全く説明がつかない振る舞いが明らかになりました。つまり、高エネルギー構造はあまり温度に依存しませんが、低エネルギー構造は超伝導転移温度に近くなるほど著しく強くなるのです。
そこで電子に働く力の大きさを表す「結合定数」が温度に依存してどのように変化するのかを詳しく調べました(図3)。超伝導のなりやすさは、この結合定数で判断することができます。結合定数は、図2の上の図の波線で示すように自己エネルギー実部のエネルギーがゼロのところでの接線の傾きから求められます。一般的に結合定数の値が1より大きいと結合の力の大きさは強く、1より小さいと結合の力の大きさは弱い、と判断されます。原子の振動から受ける力で超伝導になる場合、結合定数が大きいほど、超伝導転移温度は高くなります。
図3
図3よりどの温度でも結合定数の値が1よりも大きいため、電子には強い力が働いていることがわかります。自己エネルギーの全貌が明らかになることで、室温付近(300K、27℃)の結合定数については、高エネルギー構造による寄与が1、低エネルギー構造による寄与が0.1と見積もられ、高エネルギー構造による寄与が支配的であることが明らかとなりました。一方、温度が下がると低エネルギー構造が強くなるために結合定数の全体の値も大きくなり、20K(-257℃)では1.8を超えます。低エネルギー構造による結合定数は20Kで0.8となり、室温の0.1に比べて約8倍になります。
さらに、本研究で開発した技術により、特定の波数の電子を選択して、空間的な不均一性を可視化することが可能となりました。今後、この技術により銅酸化物高温超伝導体における「空間的な不均一性」と「波動的性質の異方性」の関係の理解が進み、銅酸化物が示す高温超伝導の仕組みを紐解く足掛かりとなることが期待されます。
図3の実線は電子が原子の振動から受ける力の結合定数について理論計算を行った結果を示します。低温における結合定数の増大はこの理論計算では全く説明できないことがわかります。これまでに原子の振動から受ける力で結合定数を説明する論文が多数発表されてきましたが、本研究結果は、それだけでは不十分であり、新たなメカニズムを考える必要があることを明確に示しています。原子の振動以外には磁気的な振動により電子が力を受けるという理論があります。たとえば、原子振動による力と磁気的な振動による力とが協力し合って結合定数を強める可能性や、電子の状態が揃った領域が実空間でどのように分布し、どのように拡がっていくのかなども考慮する必要があるかもしれません。こうした状況は強く力を及ぼし合う強相関電子系特有な状況であり、奇妙な金属状態を特徴づけるものと考えられます。本研究は、高温超伝導が生じる舞台となる奇妙な金属状態に光を当て、自己エネルギーの全貌を可視化することにより、奇妙な性質の根本となる多体相互作用を初めて定量的に明らかにすることができました。
今後の展開
本研究の成果は、高温超伝導体における奇妙な金属状態や高温超伝導の発現メカニズムの解明に新たな視点を与えるものです。特に、温度が低下するにつれて急激に強まる結合定数のメカニズムを解明することは、高温超伝導の理解をさらに深めるとともに、高温超伝導体の超伝導転移温度を高める物質の設計指針や応用研究にも貢献します。さらに高温超伝導の舞台となる奇妙な金属状態は、力が強く働いている粒子の集団で生じる特有の量子現象であり、量子コンピュータなどの量子技術への応用の観点からも重要な知見を与えると期待されます。
用語解説
- (*1)1986年、銅酸化物で液体窒素温度(約-196℃)よりも高い温度で超伝導になることが発見され、銅酸化物高温超伝導体と呼ばれています。世界中で研究が進められていますが、高温超伝導の発現メカニズムは未だ完全には解明されていません。結晶構造の特徴として、超伝導の舞台となる銅と酸素からなる二次元的な平面(CuO2面)を有しています。組成を変えてCuO2面の電子を引き抜いて電子の抜けた穴(ホール)の濃度を変えることにより、超伝導転移温度や物性が変化します(図1)。現在、広く実用超伝導材料として用いられているニオブチタン合金などは、超伝導にするために約-263℃まで冷やす必要があります。これに対して、高温超伝導は液体窒素温度(-196℃)以上で超伝導が現れるため、産業応用に大きな期待が寄せられています。戻る
- (*2)高分解能角度分解光電子分光とは、物質の電子構造を調べるための先端的な実験技術です。物質に放射光や紫外線レーザーなどの光を入射したときに放出される光電子のエネルギーと放出角度を計測することで、物質内部で波動として振る舞う電子を特徴づけるエネルギーと波数の分布を調べることができます。戻る
- (*3)自己エネルギーとは、電子が周囲の環境から受ける力を特徴づける関数であり、実部(実数部分)と虚部(虚数部分)からなります。実部は力を受けた電子の「エネルギー変化の大きさ」を表し、虚部は電子の「エネルギー変化の頻度」を表します。自己エネルギーの形や温度依存性を調べると、物質中の電子にどのような力がどのくらい働いているのか、それが温度によってどのように変化するのかがわかります。物質の電気的、磁気的性質は、電子にどのような力が働いているかにより決まるため、自己エネルギーを解明することは重要です。戻る
- (*4)強相関電子系とは、マイナスの電気を帯びた電子同士がクーロン相互作用により反発し、お互いに避け合いながら運動することにより、自由電子的な振る舞いから逸脱した性質を示す物質群です。電子間の強い相互作用により、高温超伝導や巨大磁気抵抗など様々な物性を引き起こします。戻る
- (*5)モット絶縁体とは、金属として振る舞うと予想されるにもかかわらず、電子間の強い反発力によって電子が自由に動けず、絶縁体としての性質を示す特殊な物質です。通常の物質では、結晶構造の対称性と原子と原子を結びつける電子の数に依存して金属になったり、絶縁体になったりします。戻る
- (*6)多体相互作用とは、物質中で多数の粒子(主に電子や原子核など)が互いに影響を及ぼし合う複雑な相互作用のことを指します。特に、電子に働く相互作用は物質の電気的・磁気的特性に大きな影響を与えるため、物性物理学や材料科学の重要な研究対象となっています。戻る